【3243】 ○ マーティン・マクドナー 「イニシェリン島の精霊」 (22年/アイルランド・英・米) (2023/01 ウォルト・ディズニー・ジャパン) ★★★☆

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ちょっとしたことから始まる人と人との関係の齟齬。結局、"精霊"って"死神"?

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イニシェリン島の精霊」コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソン

「イニシェリン島の精霊」1.jpg 1923年、アイルランドの小さい平和な孤島・イニシェリン島に暮らすパードリック(コリン・ファレル)はある日、親友のコルム(ブレンダン・グリーソン)から突然絶縁を告げられる。「ただお前が嫌いになった」と言い放たれ、長年友情を育んできたはずだった彼が何故突然そんなことを言い出したのか理解出来ないパードリックは、賢明な妹シボーン(ケリー・コンドン)や風変わりな隣人ドミニク(バリー・コーガン)の力を借りて事態を好転させようとするが、コルムから「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と恐ろしい宣言をされてしまう―。

 マーティン・マクドナー監督による2022年のアイルランド・イギリス・アメリカ合作。第80回ゴールデングローブ賞で最多7部門8ノミネートされ、作品賞、主演男優賞、脚本賞の3部門を受賞し、米アカデミー賞でも主要部門9部門にノミネートされました(ただし、先月['23年3月]発表の授賞結果では無冠に終わった)。「イニシェリン島の精霊」2.jpg

「イニシェリン島の精霊」3.jpg ブラック・コメディ映画とされていますが、確かに二人のオジサンによる喧嘩はユーモラスでもあり、「陽気な悲劇」と言えるかも。ただし、個人的にはブラックの要素の方が強かった気がします。特に、コルムが実際に自分の指を切り落としてパードリックの家の扉に投げつけたりした辺りから、ホラー的にさえなってきました(指切ってしまったら、楽器の演奏ができなくなって、パードリックとの関係を断ってまでも自分の残りの人生を注ごうとしている音楽創作にも差し障るのでは? そう考えると、ある意味で狂気である)。

「イニシェリン島の精霊」4.jpg ちょっとしたことから始まる人と人との関係の齟齬を描いた作品ともとれます。舞台である架空の島イニシェリン島の対岸のアイルランド本土では内戦の戦火が絶えず、砲撃音が平和な孤島にも聞こえてきますが、評論家と思しき人たちによれば、まさに二人の諍いがその象徴であるとのことです。

 さらには、この物語の時代設定がちょうど今からほぼ100年ほど前であることから、2022年の、そして今も続いているロシアのウクライナ侵攻をも象徴しているとして、メタファー構造の多重性を指摘し、ゆえにこの作品を米アカデミー賞の作品賞授賞最有力候補として絶賛する 評論家がいたりしましたが、そこまで深読みして評価する必要があるのかは疑問です(先述の通り、米アカデミー賞は無冠に終わった)。

 ただし、イニシェリン島における寒空と海の美しさが親友に絶交されたパードリックの冷え切った心と対応しており、また、パードリック=コリン・ファレルの、パードリックが愛するジェニーという名のロバにも喩えられるような間が抜けた喜劇役者的演技と、コルム=ブレンダン・グリーソンのジョン・ウェインみたいな風貌と滅茶苦茶に重厚な演技の対比も良かったです。

「イニシェリン島の精霊」p.jpg 結局、"精霊"って"死神"のことだったのか。実際、その"悪魔"を体現したような老女が出てきて、二つの死を予言し、この辺りはミステリっぽい感じも。二つの死の内の一つはロバのジェニーだったけれど(この映画、ロバだけでなく、カラス、馬、乳牛、ボーダーコリー犬など様々な動物を象徴的に使っている)、もう一つの死は...。

 最後、パードリックがロバのジェニーの敵討ちみたいな感じでコルムの家に火を放ち、ロバと住まいでは経済価値的にバランスが取れないのではと常識では思ってしまいますが、コルムの飼っているボーダーコリー犬は救われたことでコルムはパードリックに礼を言う―という、かなり苦いながらもハッピーエンドみたいな感じになっていて、ロバの値段とか家の値段とかではなく、みんなメタファーなのだろうなあ。

「イニシェリン島の精霊」5.jpg 島の唯一の知性の象徴は、パードリックの妹のシボーン(ケリー・コンドン)なのでしょう(バリー・コーガン演じる風変わりな隣人ドミニクも意外と賢かったが)。パードリックとコルムが芸術の遺産について口論を繰り広げ、無学者のパードリックが口負かされた後、シボーンはコルムが言ったモーツァルトの話は17世紀ではなく18世紀の話だと彼の間違いを冷静に指摘して颯爽と島を去っていきました(コルムの芸術的素養もそれほどのものではないということだろう)。そして、残された男たちはいつまで争いを続けるのか。「戦争は女の顔をしていない」という言葉を思い出しました(やっぱり、この話は戦争のメタファー?)

 個人的には、コルムの人生の限りある残された時間を無駄に使いたくないという気持ちにもっとフォーカスして欲しかった気もしますが、途中からそのコルムが狂気染みてきて、彼に感情移入できなくなったというところでしょうか。

「ヴェネツィア国際映画祭」コリン・ファレル.jpg「イニシェリン島の精霊」ファレル.jpg「ヴェネツィア国際映画祭」コリン・ファレル2.jpg 2022年・第79回「ヴェネツィア国際映画祭」においてコリン・ファレルが「ボルピ杯(最優秀男優賞)」を受賞し(彼はアイルランド人である)、さらにコリン・ファレルは2023年・第80回「ゴールデングローブ賞」において「最優秀主演男優賞(ミュージカル/コメディ)」、2022年・第88回「ニューヨーク映画批評家協会賞」において「主演男優賞」、2022年・第57回「全米批評家協会賞」において「主演男優賞」を受賞(ケリー・コンドンも「助演女優賞」を受賞)しています(ケリー・コンドンもアイルランド人、共演のブレンダン・グリーソン、バリー・コーガンも皆アイルランド人である)。

第79回「ヴェネツィア国際映画祭」にて、左からマーティン・マクドナー監督、ケリー・コンドン、コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン。

「イニシェリン島の精霊」6.jpg「イニシェリン島の精霊」●原題:THE BANSHEES OF INISHERIN●制作年: 2022年●制作国:アイルランド・イギリス・アメリカ●監督・脚本:マーティン・マクドナー●製作:グレアム・ブロードベント/ピーター・チャーニン/マーティン・マクドナー●撮影:ベン・デイヴィス●音楽:カーター・バーウェル●時間:109分●出演:コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソン/ ケリー・コンドン/ バリー・コーガン●日本公開:2023/01●配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン●最初に観た場所:日比谷・TOHOシネマズシャンテ(スクリーン1)(23-02-05)(評価:★★★☆)

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